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<title>書肆 ペッシェ・ミニョン</title>
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<title>目からウロコの裏技発見。</title>
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<dc:subject>裏日記</dc:subject>
<dc:date>2009-11-25T17:01:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>瀬戸美月</dc:creator>
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<title>『クー・ド・フードル～落雷奇譚～』</title>
<description> 　父の埋葬に立ち会うため久しぶりに帰郷したのは、一八八八年の暮れのことだった。　パリの街はクリスマスと新年の準備で浮足立つような華やいだ雰囲気に包まれていた。辻馬車を拾って駅へ向かう途中、大通りを進んでいると、練兵場（シャン・ド・マルス）に建設中の鉄塔が見えた。自然と誇らしい気持ちが込み上げ、私は窓に頬を寄せてほれぼれと鉄塔を見上げた。　建設は現在急ピッチで進み、あと三箇月もすれば現代技術の粋を集
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<![CDATA[ 　父の埋葬に立ち会うため久しぶりに帰郷したのは、一八八八年の暮れのことだった。<br />　パリの街はクリスマスと新年の準備で浮足立つような華やいだ雰囲気に包まれていた。辻馬車を拾って駅へ向かう途中、大通りを進んでいると、練兵場（シャン・ド・マルス）に建設中の鉄塔が見えた。自然と誇らしい気持ちが込み上げ、私は窓に頬を寄せてほれぼれと鉄塔を見上げた。<br />　建設は現在急ピッチで進み、あと三箇月もすれば現代技術の粋を集めた高さ三百メートルの鉄塔が完成する。新聞には未だに塔を巡って様々な悪評が書き立てられていたが、来年革命百周年の万博が始まれば、誰もが登りたがって長い行列を作るに違いない。<br />　私はエッフェル氏の元で技師として働けることを改めて誇りに思い、満足感とともに深々と馬車の座席に凭れたのだった。<br /><br /><br />　何度も汽車を乗り継いでたどり着いた故郷は、十年前とまったく変わっていなかった。相変わらず辺鄙な、まるで時が止まってしまったかのような土地柄だ。<br />　ぬかるんだでこぼこの悪路を年代物の馬車に揺られて生家へ戻ると、先に到着していた妹たちが出迎えてくれた。ふたりとも結婚して余所の土地へ移り、現在この家に住んでいるのは私たちが子どもの頃から仕えている老いた執事だけだ。<br />　たったひとりでこの古い屋敷をよく守ってくれたが、彼もまた年老いて神経痛が悪化し、葬儀が済みしだい南仏（ミディ）の甥の元へ身を寄せることになっている。この家は、ついに私たち一族の手を離れるのだ。<br />　屋敷を売りに出すことは、ずいぶん前から妹たちと話し合って決めていた。<br />　古くさく陰気で、生まれ育った家ながらどうも好きになれなかったが、いざとなると不思議な懐かしさを感じ、私たちは思い出話をしながら暗くなるまで屋敷中を歩き回ったのだった。<br />　翌日、雲が低く垂れ込める曇天の下、父の棺は教会墓地の片隅に葬られた。<br />　誰も口にはしなかったが、全員が奇妙な感慨を抱いていることは確かだろう。真新しい深い穴のなかに下ろされた父の棺に入っているのは、眼鏡と靴、服が一式だけで、肝心の遺体は存在しない。<br />　十年前に行方不明になった父の消息は、未だにわからないままだった。<br />　長患いの末に母が逝ってまもなく、父はどこへともなく姿を消した。それから音沙汰もないまま十年が経ち、年齢や状況を考えると、私たちももはや父の生存を信じてはいなかった。先日、裁判所から父の死亡宣告が出され、ようやく葬儀を行なえることになったのだ。<br />　私たちは棺の上に次々に薔薇を投げ入れ、祈りとともに棺に土が掛けられるのを沈黙のうちに見守ったのだった。<br />　帰宅途中から次第に雲行きが怪しくなり、夜になる頃には激しい風雨が窓を叩き始めた。古い屋敷だけに、どこからか入り込んだ隙間風が奇妙な音をたてて廊下を吹き抜ける。鎧戸がガタガタ鳴ったり柱が軋んだり、おちおち寝てもいられない。<br />　眠気がさしてくるまで何か本でも読んでいようかと思い立ち、私は手探りで蝋燭を灯すと暗い廊下を父の書斎へ向かった。<br />　長年地方判事をしていた父の書斎には、法律の本や判例集が天井まである書棚をほぼ埋めつくしていた。畑違いで興味がないので、何か手頃な小説でもないかと書棚を漁っていたところ、薄いノートのようなものが革表紙の本の間に挟まっているのを見つけた。<br />  引き出してみると、擦り切れた表紙に几帳面な字体で"Le Coup de Foudre" と書かれている。見覚えのある、それは父の筆跡だった。――落雷（クー・ド・フードル）？　何かこの辺の奇譚でも集めたものだろうか。興味を覚えた私は手近な椅子に座り、父の遺した文章を読み始めた。それはこんなふうに始まっていた。<br />〈許嫁が危篤との知らせを受け、私は大急ぎで帰郷した。……〉<br /><br /><br />　　　　 *　 *　 *　 *　 *<br /><br /><br />　許嫁が危篤との知らせを受け、私は大急ぎで帰郷した。<br />　遠距離馬車（ディリジャンス）の宿駅に着いた頃には夕闇が迫り始めていた。故郷へ向かう乗合馬車は最後の便が出た後で、次は明日の朝だという。歩いていけない距離ではないが、どんなに急いでも三時間はかかる。<br />　嵐が来そうだと旅籠の主人が引き止めるのを振り切り、華奢な二輪馬車（チルビュリー）を無理に借り出して私は田舎道を走り出した。<br />　生暖かく顔に吹きつける風が、次第に湿り気と強さを増して行く。時折雲間が閃き、遠雷が不気味に響いた。<br />　ぽつんと顔に水滴が当たったと思った途端、ざあっと音をたてて激しい雨が降り注いだ。幌のない二輪馬車のこと、あっというまにずぶ濡れになってしまった。馬車の両側につけたランタンの灯だけを頼りに、私は必死に馬を駆り立てた。<br />　暗い空に閃光が走り、稲光が辺りを昼間のように照らしだした。黒々と浮かび上がる木立の影を見て、私はとっさに思いついた。<br />　森を抜けて行こう。この森を突っ切れば半分の時間で家に帰れるはずだ。森はこの辺りの旧領主の私有地だが、ずっと昔に館が落雷で焼けて以来、地主は外国へ行ったきりだ。森番もいないし、見咎められることもないだろう。私は思い切って馬車を森へ向けた。<br />　……どうしてそのとき思い出さなかったのか。この森にまつわる昏い噂のことを。<br />　落雷で焼け落ちた城館。逃げ遅れて死んだ奥方。森で消えた幾人もの人々――。<br />　夜、わけても嵐の夜には絶対に森を通ってはならないと、子どもの頃から幾度となく戒められていたのに。<br />　目の前が真っ白になった刹那、耳を聾するばかりの大音響が響きわたった。馬の嘶きが風雨をつんざき、激しい衝撃とともに私は地面に叩きつけられた。<br />　正気を取り戻したとき、すでに馬は逃げ去った後だった。落雷で裂けた倒木が馬車を押し潰している。辺りには焦げ臭いにおいが雨と泥のにおいと入り交じって漂っていた。<br />　ふらふらと立ち上がった私は、収まる気配もない激しい風雨に突かれ、大きくよろめいた。絶え間なく降り注ぐ雨粒が、痛いほどに顔を叩く。それでも私は必死に眼を凝らした。木立のなかに、何か灯が見えたような気がしたのだ。<br />　落雷で木が燃えているだけなのかもしれない。だが私は、まるで吸いよせられるかのように馬車の残骸の側を離れ、手探りで暗い森を歩き始めていた。光を求めてランプの火屋に飛び込む蛾のように、それは止めようのない衝動だった。<br />　激しい雷鳴に身を縮めながら木立をかき分けていくと、やがて目の前に巨大な影が現れた。青紫の稲光に浮き上がったのは、古めかしくも荘厳な城館だった。<br />　この森に領主館の廃墟があることは知っていた。子どもの頃、一度だけ仲間たちと探検に来たことがある。そこは旧領主の私有地で、幽霊が出るとか人が消えるとか、昔から不吉な噂が絶えない場所だった。<br />　怖いもの見たさの好奇心だったが、がらんどうの廃墟の窓に白い人影を見たと言って騒いだ仲間は、ほどなく原因不明の痙攣と高熱で死んだ。親に叱られるまでもなく、私たちは二度と廃墟へは近寄らなかった。<br />　だが、いま目の前に青白く浮かび上がった建物は、記憶にある廃墟とはまるで違っていた。確かに古色蒼然としているが廃屋には見えない。屋根も壁も崩れていないし、窓にはしっかりとガラスが嵌まって温かな灯が洩れている。<br />　きっと私が故郷を離れているあいだに持ち主が戻ってきて、修繕して住み始めたのだ。そうに違いない。私は急いで玄関口へ走って行った。<br />　そそり立つような厳めしい扉を、私は必死に叩いた。分厚く頑丈な扉は私の拳などものともせず、ただ鈍い音を虚ろに響かせた。その音さえ、周囲を押し包む風雨の唸り声にかき消されそうになる。<br />「すみません！　誰か、いませんか!?」<br />　私は懸命に声を張り上げた。ずぶ濡れで骨まで凍えそうになりながら、がちがち鳴る歯を食いしばってなおも扉を叩いた。誰もいないのか？　嵐で物音が聞こえないのか!?<br />「お願いです！　どうか……」<br />　あらん限りの声で叫んだ時、がたりと音がして目の高さにある覗き窓が開いた。細長い覗き窓の向こうは暗闇だったが、こちらを窺う人の視線を感じた。慌てて覗き込むと、ふいに目の眩むような光が眼球に突き刺さった。誰かが窓の向こうでランプを掲げたのだ。<br />「……どなた？」<br />　不審そうな若い女の声が聞こえてきた。私は扉に縋り付くようにして叫んだ。<br />「この先の村の者です。急用で帰省する途中、落雷で馬車が壊れてしまい……」<br />　突っぱねるような口調で女が遮った。<br />「ここは私有地ですよ。近道だからといって勝手に通ってはならないことくらい、村人なら誰でも知っているはず」<br />「ええ、もちろん知っています。でも緊急なんです。許嫁が死にかけているんですよ。お願いですから馬を貸してください！　一刻も早く帰らなければならないんです」<br />　私は自棄になって叫んだ。ランプを掲げたまま、覗き窓の向こうの女はしばし黙っていた。<br />　やがて灯が揺らぎ、窓から離れたかと思うと、閂の外れる音がして扉が重々しく軋みながら開いた。<br />　ちょうどその時、稲光が辺りいちめんを青白く照らしだし、扉を開けた女の姿を私の眼に焼き付けた。<br />　激しい雷鳴を聞きながら、私は網膜に浮かぶ女の残像を放心したように見つめていた。<br />　彼女はゆるやかに波うつ黒髪を腰まで垂らし、肩にショールを羽織ってランプを掲げていた。思ったよりもずっと若く、私よりも年下に見える。せいぜい十九か二十歳。嵐のせいか青ざめてはいるが、非常に整った顔だちの美しい女だった。<br />　こんな若い女性が応対したことに今さらながら驚いていると、彼女は蒼い瞳で私を見上げ、愁わしげに首を振った。<br />「お気の毒に。でも残念ながら馬はいません。主人が乗っていってしまいました。それに、この嵐では馬がいたところで怯えてしまってとても無理でしょう」<br />「……では歩いていきます」<br />　こんな状況にも関わらず彼女の美貌に見とれたことを恥じ、私は顔をそむけるように会釈すると背を返した。途端に耳をつんざくような雷鳴が轟き、反射的に頭を抱え込む。<br />「こんな嵐のなかを歩くなんて自殺行為ですよ。きっと雷に打たれてしまうわ。雨がやむのをお待ちなさい」<br />　振り向くと、ランプの女が扉の陰から手招きをしている。私は続けざまの雷鳴に追い立てられるように扉のなかへ飛び込んだ。背後で扉が閉ざされたとたん、風雨の音は遠くなった。私は思わず安堵の吐息を洩らした。扉にしっかりと閂をかけ、女は震えている私に向き直った。<br />「外套はそこの鉤に掛けて。ともかく火の側へどうぞ」<br />　言われるままに外套を脱いで鉤に掛けると、水滴がぽたぽたと床に滴った。ぐっしょりと濡れたシャツの袖を絞り、言われるままに暖炉の側に寄って手をかざした。<br />　暖かい季節ではあったが、冷たい雨に打たれて、手は氷のように冷えきっていた。<br />　館は静まり返っていた。窓に叩きつける雨風と雷鳴の他は、暖炉の炎が爆ぜる音くらいだ。人の気配も感じられなかった。簡素な部屋着姿ではあったが、その立ち居振る舞いから、迎え入れてくれた女性がこの館の女主人であることは間違いない。だが、彼女が姿を消しても執事はおろか女中のひとりも現れないとは、いったいどういうことだろう。<br />　急に背中がぞくりとして、私は人気のない客間を見回した。古風な枝付き燭台で燃える蝋燭が隙間風に揺らぐたび、家具や私自身の影が生き物のように動く。まるで姿の見えぬ何者かが音もなく動き回っているかのようで、どうにも気分が落ち着かなかった。<br />　それでも勢いよく燃える炎のお蔭で冷えきった身体は次第に温まってきた。気が緩み、今までの疲れが出たのか、ぐったりと身体が重くなった。<br />　同時に抗いがたい強い眠気に襲われ、私はついに暖炉の前に敷かれた毛皮の上でうとうとし始めた。引きずり込まれるように眠りの底へ落ち、激しく窓を叩く風雨の音も、雷鳴も、一切がふつりと途絶えた。<br /><br /><br />　私は夢を見ていた。夢のなかで私は暗い森を走っていた。何故走っているのかわからないのに、急がねばならないということだけが繰り返し思い浮かぶ。<br />　私は懸命に走った。木立をかき分けるように、暗闇を払いのけるように、走って、走って。そしてひときわ深い闇のなかへ踏み込み、死人のように青ざめた美しい顔を見た。<br />　それは、稲光に浮かび上がった黒髪の女の顔だった。私は茫然と、いやむしろ陶然と、彼女の顔を見つめた。<br />　そして覚った。他の誰でもない、彼女をこそ私は探していたのだと。<br /><br /><br />　ふと気がつけば燭台の灯はすべて消え、暖炉の炎だけが室内を仄暗く浮かび上がらせていた。私は横たわったまま、目の前の、透けるように美しい、青白くなよやかな女の顔を見つめていた。<br />　これは夢の続きなのだろうか。頭はねっとりと重く、不可解な状況にも関わらず散漫な思考は掴みどころなくすり抜けてゆく。彼女は雪のように冷たく白い顔に凄艶な微笑を浮かべ、私の眼を深く覗き込みながら囁いた。<br />「あなたは村の人間ではないわ。もし村人なら、決して嵐の夜に森を通ったりしないはずだもの……」<br />　必死に思考力をかき集めていると、彼女は私を見つめたまま小さく眉を寄せた。<br />「……そう、ずっと帰らなかったのね。パリの大学に入ってから。自由な都会での生活に馴染んで、因習に縛られた村になど帰りたくなくなってしまった……」<br />　彼女の囁きは、まるで私の思考を読み取ったかのように的を得ていた。私は大学に入る準備のために故郷を離れてから一度も、それこそクリスマスも正月も帰省しなかった。許嫁が頻繁によこす愛らしい手紙に、返事もろくに書かなかった。<br />　卒業後、パリで法律家としての職を得ると、帰郷する気はさらに失せた。幼い恋人だった許嫁に対する愛情も次第に薄れた。彼女よりもずっと華やかで驕慢なパリの女たちに魅せられ、真摯に交わした約束を重荷にすら感じ始めていたのだ。<br />　彼女は眼を細め、唇が触れ合うほど間近からそっと囁いた。<br />「だったらどうして急いだの？　嵐の夜に森を通ってはならないという、昔からの戒めを忘れるほど……。もう愛していないのなら、そんな危険を冒さなくてもいいはずよ。それとも、死が迫って初めて真実の愛に目覚めたというわけかしら……？」<br />　皮肉な彼女の囁きに私は思わず叫んでいた。<br />「違う！　怖かったんだ。彼女が死んでしまうのが。俺は……、彼女の死を願った。彼女の存在が疎ましかった。俺を縛りつける重い軛のように感じたんだ……」<br />　彼女は首を傾げ、私の顔の輪郭を指先でたどりながら呟いた。<br />「だったら婚約を解消すればよかったのよ。それだけで済むのではなくて？」<br />「そんなこと出来るものか。あれはいい娘だ。優しくて可愛くて、安らげる。彼女となら、きっと誰もが羨むような幸せな家庭を築ける。俺は彼女と一緒になるべきなんだ」<br />「でもあなたはそうしたくなかった。かといって婚約を解消して彼女を悲しませたくもなかった。あなたは誰に対してもいい顔をしてみせたかったのね。許嫁にも両親にも、パリで出会った可愛いお嬢さんがたにも」<br />　女は私の顔を覗き込み、ぞっとするほど蒼い瞳に冷艶な笑みを湛えた。<br />「……だから、許嫁が病気か事故で死んでくれればいいと願ったの。そうすれば、自分は誰にも非難されずにすむ――。何て勝手な人。しかも途方もなく臆病なのね。自分の願いどおりに許嫁が死んでしまうこともまた、同じくらいに恐れたのでしょう。だから必死になって帰ろうとした。あなたが恐れたのは許嫁の死ではないわ。自分が罰せられることが怖かっただけ。自分が何を望んだのか、誰も知らなくとも神はご存じのはずだから……。臆病な野心家さん。あなたは傲慢な小心者。神が罰を下すまでもない、私が罰してあげる。私にはその権利があるの。何故ならあなたは禁を破り、私の領分を侵したのだから」<br />　彼女は焦点も合わないほど間近から私を見つめ、深々とくちづけた。それはまるで果てしない奈落に落ち込むような感覚だった。すべての活力が失われ、刻々と命が奪われていく感覚が恐ろしいほどはっきりと感じられた。<br />　やがて彼女は私から離れ、暖炉に歩み寄ると火掻き棒で炭をつつき、新たな薪を二三本放り込んだ。弱まっていた炎が燃え上がり、明るく彼女の顔を照らしだした。青白かった彼女の顔がオレンジ色に照り映え、血が通ったように温かく見えた。私は仰臥したまま彼女の姿をぼんやりと眺めていた。<br />　視線を動かすと、枯れ木のような指先が眼に入った。それが自分のものだと気付くのに、しばらく時間がかかった。感情まで枯れはててしまったかのように、奇妙に凪いだ心持ちだった。私は嗄れた声で呟いた。<br />「……俺も、そうやって燃やすのか……？」<br />　女は声を上げて笑った。その艶やかな笑い声は、弱った耳に不思議に心地よかった。<br />「お望みならば、そうしてあげましょう」<br />「出来れば、願いをひとつ、聞いてほしい」<br />「なぁに？」<br />「俺が死ぬときは、側にいてくれないか。ひとりで死ぬのは、怖いんだ……」<br />　振り向いた彼女は、とまどったように小首を傾げた。<br />「助けてくれとは言わないの？　今まで嵐の夜にやって来た者は皆、そう言って泣きわめいたものよ」<br />「罰を、受けたんだ。自分勝手に思い描いた未来のために、大切にすべき人の死を願った、その罰を。……あなたの言うとおり、俺は、ひどい偽善者だ。認めたく、なかったけど」<br />「大なり小なり、人は誰しも偽善者よ。あなたはそれを自覚した分だけましかもしれないわ。それにあなたは戻ってきた。譬え罪悪感に駆られたからにせよ、待っている人の元へ必死に戻ろうとしたのだから……」<br />　彼女の声は、どこか痛ましげに響いた。私は炎に照らされた彼女の横顔を見つめた。<br />「……昔、この森にあった領主の館が落雷で燃えて、逃げ遅れた奥方が死んだと聞いた」<br />　彼女は静かな微笑を浮かべて振り向いた。<br />「落雷？　――いいえ、違うわ。村人たちが松明を投げ込んだの。革命という名の嵐が吹き荒れた時に。領主は病気で動けない奥方を置いてひとりで逃げた。使用人も暴動を恐れて皆逃げ出したわ。たったひとり取り残された奥方は、逃げるすべもなく焼け死んだ。燃え上がる炎が呼んだかのように激しい嵐がやって来て、村人が幾人か死んだ。それ以来、嵐が来るたびにつかのま館は蘇るの。動くことができずに死んだ奥方が、連れ出してくれる人を待っているのかもしれないわね……」<br />「……俺が、連れ出してやるよ」<br />　その言葉に驚いたのは彼女よりもむしろ自分の方だった。だが、後悔はなかった。私は本気でそう思ったのだ。眼を瞠った彼女は、やわらかく瞳を潤ませゆっくりと首を振った。<br />「あなたには、無理よ」<br />「……もうすぐ、死ぬから？」<br />「いいえ、これからも生きるから」<br />　彼女は私に歩み寄り、傍らに腰を下ろした。<br />「気が変わったわ。あなたにとって、このまま死ぬより生き続けて良心に苛まれる方が重い罰になりそう。あなたは生きて帰って、決められたとおりに許嫁と結婚なさい。そして自分が何の落ち度もない彼女の死を願ったということを、生涯忘れずに思い出し続けるのよ。償いのために、あなたの命を返してあげる。……勘違いしないで。これは私の復讐なのだから。あなたは私を捨てて逃げた夫の代わりに罰を受けるのよ。終生消えることのない罪悪感に苛まれるといいんだわ」<br />　空恐ろしい台詞を吐きながらも、彼女の顔は残酷な喜びではなく深い悲しみに覆われていた。彼女は私の乾ききった口に、甘く艶やかな唇を押しつけた。やがて唇が離れ、私を見下ろした彼女の顔は、今にも泣きだしそうに心もとなげに見えた。<br />　彼女の頬に触れ、自分の手が元通りの血色を取り戻していることに気付いた。私は彼女を引き寄せ、その唇を強引に塞ぎながら床に組み敷いた。彼女は私を抱きしめ、くちづけの合間に囁いた。<br />「あなたはまるで矛盾だらけだわ。自分勝手で傲慢なのに小心で臆病。不正直なくせに不器用に誠実で。私を置いて逃げた夫に似ているわ。……ねぇ、あの人は悔いたのかしら。私を置いていったことを。知っていたのかしら。私がたったひとりで炎に焼かれ、弔ってさえもらえなかったことを。今もなおこうしてここに囚われて動けずにいることを」<br />　私は答えず、ただ彼女をきつく抱きしめて身体を重ねた。森を根こそぎ吹き飛ばすように荒れ狂った夜嵐が次第に収まり始めた頃、ようやく身を起こした私たちは物憂く暖炉の炎を見つめながら黙って肩を寄せ合った。<br />　私は彼女の温かなうなじにくちづけ、艶やかな黒髪を指で梳りながら尋ねた。<br />「名前、まだ聞いてない……」<br />　彼女は吐息だけで笑った。<br />「忘れたわ。炎の向こうに置いてきてしまった。……そうね。エクレールとでも呼んで」<br />「稲妻（エクレール）……？」<br />「そう。ほんの一瞬で消え去る、つかのまの輝きよ」<br />「……でも、強烈だ」<br />　彼女は微笑み、私にそっとくちづけた。<br />「そうよ。その一撃であなたの魂に瑕（きず）をつけたの。小さな小さな瑕。でも、一生消えない、生涯疼き続ける瑕を。純粋にあなたを想っている人の死を願った、身勝手さに対する罰」<br />　彼女は私の腕からするりと抜け出し、暗い窓の向こうを眺めた。<br />「もうすぐ夜が明けるわ。煉獄が戻ってくる。……さぁ、あなたはここを出るのよ」<br />　急かされるまま服を身につけ、手を引かれて玄関の扉を開けると、ひんやりと湿った空気が頬を撫でた。あれほど激しかった風雨も収まり、まだ暗い空には星が瞬いていた。<br />　彼女は細い指を上げ、木立のなかへ続く仄白く光る道を指し示した。<br />「この道をたどれば森から出られるわ。でも、夜明けと同時にこの光は消えてしまう。そうなったらもう二度と元の世界には戻れない」<br />　私は反射的に彼女の腕を掴んだ。<br />「一緒に行こう」<br />　彼女はゆるゆるとかぶりを振った。<br />「言ったでしょう。これからを生きるあなたには、私を連れ出すことは出来ないの」<br />「あなたをひとりで残していきたくない」<br />　駄々っ子のように言い張ると、彼女は静かに微笑んだ。<br />「もし……、もしもあなたが旅立つ時、その時になっても私を覚えていたら迎えに来て。その時になれば、きっと一緒に行けるでしょう。――さぁ、早く行って。本当に帰れなくなってしまうから」<br />「エクレール、俺の名は……」<br />　未練がましく言いかける私を、彼女はぴしゃりと遮った。<br />「いいえ、今は聞かない。また会った時に聞くのを楽しみにするから。でもいいこと、その時は最後の時よ。それまでは、何があっても嵐の夜に森へ踏み込んではいけない。絶対に。約束してちょうだい」<br />「約束するよ……」<br />「では、行って。絶対に振り向かないで、まっすぐ道をたどって行くのよ」<br />　私は頷き、背を向けて足早に歩きだした。注がれる視線とともに彼女の孤独と寂しさを感じた。もう一度だけ振り向いて、彼女の顔が見たい。だが、私は約束したのだ。約束を、したのだ。せめてこの約束だけは果たしたい。煉獄を彷徨う彼女に、これ以上絶望してほしくはないから……。<br />　私は歯を食いしばるようにして、俯き加減に仄白く光る道をたどった。ただ先を急ぐことだけに意識を集中し、飛ぶように木立のなかを駆け抜けた。<br />　森から出たときには周囲はすっかり夜明けに変わっていた。白み始めた空に星がちらちらと瞬いている。激しかった嵐の名残を明け方の空に求めることは、もう出来なかった。ようやく振り向くと、たどってきた道の光も消え、ただ薄暗い木立の繁る深い森が鬱蒼と広がっているばかりだった。<br /><br /><br />　　　　* 　* 　* 　* 　* <br /><br /><br />　父の遺したノートから、私は茫然と顔を上げた。相変わらず夜嵐は窓を叩き、かすかな隙間風が蝋燭の炎を揺らしている。私は黄ばんだノートを改めて眺めた。<br />　これは、何なのだろう。事実なのか、創作なのか。――いや、事実であるはずがない。確かに森のなかに廃墟はあるが、壁も床も崩れ落ち、危険なのでずっと以前から立入禁止になっている。火災で崩壊した館なのだから、父が若い頃の話にしても雨宿りをするどころではなかったはずだ。ましてやそこで、革命時代に死んだ女に出会ったなんて、あまりにも荒唐無稽すぎる。<br />　これはきっと、廃墟を見た父が手遊びに書いた小説もどきに違いない。高潔で公正な判事として知られ、堅物で謹厳実直を絵に描いたようだった父が、こんな浮世離れしたロマンスを書くなんて、ちょっと信じられないような気はするが……。<br />　ふと、暗い窓に眼をやった私は、そこに佇む人影を見たように思って竦み上がった。しかし瞬きをすると、そこにはただ雨に濡れた分厚いガラスが嵌まっているだけだった。蝋燭の灯で映った自分の影が、炎の揺らぎで動いて見えただけだろう。<br />　そう納得しつつ、私はふと思い出していた。生前の父がよくそこに立ってぼんやりと外を眺めていたことを。窓からは旧領主の森が見えるのだ。私は窓辺に歩み寄り、外を覗いてみた。夜嵐の戸外は星明りもなく真っ暗で、何も見えなかった。<br />　父が姿を消したのは、嵐が来る直前の夕暮れ時のことだった。野良仕事から帰る村人が、愛用のステッキをつきながらゆっくりと森へ向かって歩いていく父の姿を見ている。空模様が怪しいと注意を促した村人に、振り向いた父は帽子を持ち上げて挨拶したそうだ。それを最後に父の姿は消えた。その夜、近年稀に見るような激しい嵐がこの一帯を襲った。天候が回復すると捜索隊が森をくまなく探し回ったが、父の痕跡は何ひとつ見つからなかった。父は元判事であったから憲兵隊も熱心に探してくれたが、手がかりはなかった。<br />　もし……、もしもこのノートが事実であったなら、父は自分の死期を悟り、廃墟に呪縛された女の魂を連れ出しに行ったのだろうか。父は、母以外の女をずっと想い続けていたのだろうか。しかも、この世のものではない女を。私の両親は仲睦まじい夫婦としてよく知られていた。私も妹たちも、両親が言い争っている場面など見たことがない。父は母のことをとても大切にしていた。譬え若気の至りにせよ、あの優しくたおやかな母を重荷に感じて死を願ったことがあるなんて、とても信じられない。こんなもの、父が暇潰しに書いた駄文に決まっている。<br />　いっそ暖炉の焚きつけにでもしてしまおうかと考えて、ふと思い止まった。母が死ぬ直前、付き添っている父に向かって譫言（うわごと）のように呟いた言葉を、不意に思い出したのだ。<br />『もう、いいのよ、あなた。私は、ひとりで行けるから……』<br />　それは、献身的に看病を続けた父への別れの言葉だと思っていた。でも、もしかしたら母は気付いていたのかもしれない。父の心はずっと別な場所にあったということに。魂と肉体が別々の場所にあったら、最後には魂の居場所に肉体は引きずられて行ってしまうものなのだろうか。<br />　私はノートを閉じ、表紙の文字を眺めた。<br />　"Le Coup de Foudre" ――落雷。嵐の夜、激しい雷鳴と稲光によってつかのま時は繰り戻され、時空の狭間に落ち込んだ父は、きっとそこで魂に灼きつくようなひとめぼれ（クー・ド・フードル）をしたのだ。稲妻（エクレール）と戯れに名乗った、恐ろしくも寂しく美しい、運命の女（ファム・ファタル）に。<br /><br /><br />〔了〕<br />※初出『cobalt2008年2月号』(C)瀬戸美月・集英社<br /><br /> ]]>
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<dc:creator>瀬戸美月</dc:creator>
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<title>ご案内</title>
<description> こちらには雑誌cobaltの『短編小説新人賞』に投稿した作品を晒してあります。９回目の投稿でようやく入選を果たしました。その間、まるきり撃沈という悲哀も味わいました……。ま、諦めないのが肝心ってことですね☆ここには新しい順に並んでいます。☆９回目【第132回入選】『クー・ド・フードル～落雷奇譚～』（cobalt2008年2月号掲載）†父が行方不明になってから十年がたっていた。ついに死亡宣告が出て、葬儀に参列した息子の青年
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<![CDATA[ こちらには雑誌cobaltの『短編小説新人賞』に投稿した作品を晒してあります。<br />９回目の投稿でようやく入選を果たしました。<br />その間、まるきり撃沈という悲哀も味わいました……。<br />ま、諦めないのが肝心ってことですね☆<br /><br /><br />ここには新しい順に並んでいます。<br /><br /><br />☆９回目【第132回入選】『クー・ド・フードル～落雷奇譚～』（cobalt2008年2月号掲載）<br />†父が行方不明になってから十年がたっていた。ついに死亡宣告が出て、葬儀に参列した息子の青年技師は、偶然見つけた父のノートを開いて……。そこに書きつけられていたのは父の遠い日の記憶、雷鳴轟く嵐の夜に出逢ったある女との物語だった……。それは死のくちづけ。嵐の夜のこと。<br />（雑誌掲載時の紹介文より）<br />※雑誌では一夜人見さんが美麗なイラストをつけてくださいましたm(_ _)m<br /><br /><br />★８回目【もう一歩】『紅葉鬼啖』<br />☆７回目【最終選考】『夢幻砂廊』<br />★６回目【選外】『王子様みつけた！』<br />★５回目【もう一歩】『CHIT☆CHAT☆CAT～なまいき猫とおしゃべり～』<br />★４回目【もう一歩】『ねじまきララバイ』<br />☆３回目【最終選考】『永遠（とわ）のほとり』<br />★２回目【もう一歩】『真夜中すぎの鎮魂歌（レクイエム）』<br />★初回【もう一歩】『マグノリアの咲くとき』<br /><br /><br />※更新時に紹介文もupしていきます。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>短篇</dc:subject>
<dc:date>2009-11-18T16:50:43+09:00</dc:date>
<dc:creator>瀬戸美月</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>メールフォーム</title>
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<![CDATA[ 管理人へのご連絡はこちらからお願いします。<br />メールアドレス必須ですので、明かしたくない場合は非公開コメント、拍手コメント（非公開）などをご利用ください。<br /><br /><form action="./" method="post"><br /><p class="plugin-mail" &align><br /><br />お名前:<br /><br /><input type="text" size="10" name="formmail[name]" value="" maxlength="100" style="width:50%;" /><br /><br />メールアドレス（必須）:<br /><br /><input type="text" size="10" name="formmail[mail]" value="" maxlength="150" style="width:50%;" /><br /><br />件名:<br /><br /><input type="text" size="10" name="formmail[title]" value="" maxlength="150" style="width:50%;" /><br /><br />本文:<br /><br /><textarea name="formmail[body]" cols="10" rows="6" style="width:100%;"></textarea><br /><input type="submit" value=" 確認 " /><br /><input type="hidden" name="mode" value="formmail" /><br /><input type="hidden" name="formmail[no]" value="&formno" /><br /><br /></p><br /></form><br />※送信後はHOMEをクリックすると元の表示に戻ります。 ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-11-10T11:10:10+09:00</dc:date>
<dc:creator>瀬戸美月</dc:creator>
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